2017年03月14日

つれづれ

ふと。
『伊勢の刀工』に「三浦伯玄正秀伝書」(三浦伯玄は本阿弥光伯とのこと)と断ってこうあったことを思い出し。

(初代)村正  応仁の頃、妙台と号す

応仁といえば応仁の乱しか出てこない(そしてご他聞に漏れず詳細は知らないw)んですが
元年を西暦にすると1467年。
あの刀「妙法村正」の年紀の年は永正十天(年)癸酉(十月十三日)。西暦は1513年。

参考:戦国時代暦


経った年数はなんと46年です。

あの刀は、刀工初代村正晩年の作。
応仁の頃に20代だったと仮定すれば、その頃は70代目前の老人。
10代だったとしても50代~60代には入っているわけです。
当事では結構長寿のうちに入ったのでは。

というか、
『伊勢の刀工』では”法名妙台”となっていて
つまりは仏門に入って与えられた名前ということですから
要は初代村正は(日蓮宗の)僧侶であって、僧侶の身ながら刀を打ち続けていた……?

初代の墓も「陰音妙台」と法名で記されていたってことは……(出典『特別企画展・村正―伊勢桑名の刀工―』福井款彦先生の総説より)
、(還俗したわけではなく?)ずっとお坊さんとして生きた、ってことになりますよね?

虎徹の刀工虎徹興里入道もそうだったとか。入道ってことはつまり出家ですもんね。
某サイトの記事では虎徹入道も日蓮宗とあったけどそうなんですか??

法華、または一乗という刀派が存在し
もともとはある日蓮宗の僧侶が刀を打ったことが始まりなんだそうです。
村正の一門すべてがそうだったかは置いても、少なくとも始まり=始祖の初代村正は法華と同じだったのでは……?

ちなみに一乗は一乗妙法からきていると思われます。
乗は乗り物を表し、衆生を仏界・悟りに導くただひとつの乗り物の意味で一乗、だったと思います(^^;)
ついでにいうと、刀剣の鑑定・研磨・浄拭(ぬぐい)の”本阿弥三事”を家業とする本阿弥一族も代々日蓮宗ですな。

『応仁の乱』の新書が売れてると聞きますが、近いうち読んでみようかと。
最近読了した歴史関係は『島原・天草の乱 信仰に生きたキリシタンの戦い』でした。
posted by 鷹覇臣 at 00:04| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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